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バレエを観に行きたい人がいたらまっさきにオススメしたいのがこの「ロミオとジュリエット」。しょっぱな観に行ってほしいんですが、ちょっとバレエに詳しくなってから観に行くとすごく感動するので、紹介するのはじーっと耐えています。

これが僕にとては、けっこう苦行です。

「ロミオとジュリエット」は僕が一番好きな作品で、何回見ても飽きることのない作品です。

なぜこんなにおすすめするのか。ロミオとジュリエットはいろいろなバージョンが作られています。いくつものバージョンが作られるほど魅力があるのですが、今回はケネス・マクミランがつくった「ロミオとジュリエット」の魅力をたっぷりご紹介します。

※3分ほどで読み終わる記事です。マクミラン版の「ロミオとジュリエット」を深堀りしています。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。30分のショーから2時間の舞台まで出演回数は5,000回は軽く超えているんじゃないかと思います。レッスンを受けるのが大好きで、ひたすら踊りまくっていました。今もレッスンは継続中でフリーのダンサーとして活動中です。

マクミラン版「ロミオとジュリエット」のうら側

「ロミオとジュリエット」はバレエが1番だと思う

バレエ版の良い点2つ

・セリフがないこと
・ジュリエットが14歳、ロミオが16歳~18歳という年齢設定

セリフがない

「ロミオとジュリエット」は、誰しも知っているシェイクスピアの作品で、「ウエストサイドストーリー」など、「ロミオとジュリエット」を土台にしている作品がたくさんあります。

ただ、演劇となると、むずがゆいセリフがたくさん登場します。

例えば・・・
「ああ、ロミオ、ロミオ・・・、
どうしてあなたはロミオなの。」
とか、

ロミオ:「私は月に誓ってあなたを愛します」
ジュリエット:「やめて。夜ごとに形を変える月なんかに誓うのは。あなたの愛まで移り気に思えるから」
とかとか。

日本語ではふだん絶対に使わないような言葉になっているので、どうしても違和感があります。なので僕の場合、冷めてしまう…。

でもバレエの場合、セリフがないのでストーリーがすんなり入ってきます。踊りだけで表現するバレエは、「ロミオとジュリエット」とかなり相性がいいと思っています。

14歳のジュリエット

ジュリエットは14歳というか、14歳になる直前の設定です。ジュリエットはバレエの中でも難解な役です。人生経験を積んだダンサーほど素晴らしい演技をする役です。

そのため30歳を超えたダンサーがジュリエットを踊ることもたくさんあります。舞台はテレビや映画と違い、年齢が上でもそこまで気になりません。やはり映像でアップになってしまうと、なかなか厳しいこともあります・・・。

ケネス・マクミラン版のはじまり

マクミラン版の「ロミオとジュリエット」のあらすじと解説はこちらをご覧ください。

初演:1965年2月9日
振付:ケネス・マクミラン
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
美術:ニコラス・アディス
照明:ジョン・B.リード

ジュリエット:マーゴ・フォンテイン
ロミオ:ルドルフ・ヌレエフ

ケネス・マクミランが1965年に発表した「ロミオとジュリエット」がおそらく世界で一番踊られているバージョンです。世界中のバレエ団で踊られていて、日本では新国立劇場がレパートリーに持っています。

1964年、カナダのテレビ番組のためにロミオとジュリエットの「バルコニーシーン」の7分が振り付けられました。その時ジュリエットを踊ったのが、ケネス・マクミランのミューズといわれるリン・シーモアです。このリン・シーモアのためにマクミランは「マイヤーリンク」のマリー・ヴェッツェラ、「アナスタシア」、「コンチェルト」の第2バリエーションなどを振り付けました。

ケネス・マクミランは経営陣とモメることも多く、リン・シーモアと一緒に1966年から4年間ベルリン・ドイツ・オペラ・バレエ団にいたこともあります。ただ、1970年にまたロイヤルバレエ団に戻ってきます。

そして、ロミオを踊ったのはクリストファー・ゲーブルです。この「バルコニーシーン」はたった3回のリハーサルで完成した、とリン・シーモアはインタビューで語っています。

この「バルコニーシーン」を軸に全幕の「ロミオとジュリエット」が作られることになりました。1940年、ソビエト連邦の振付家ラブロフスキーが「ロミオとジュリエット」を創作しました。1965年、このラブロフスキー版がイギリスで上演される予定でしたが、ソ連がイギリスでの公演を拒否したことから、マクミラン版の「ロミオとジュリエット」の制作が始まります。そしてアメリカツアーが5ヶ月後に迫っていたこともあり、急ピッチで制作されました。

初演は当時大スターだった、マーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフが踊っていますマクミランはリン・シーモアとクリストファー・ゲーブルを初演にしたかったようですが、経営陣の意向で初演のメンバーが決まってしまいました。

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ロイヤルバレエ団のダンサー全員ががっかりしたと言われています。

ケネス・マクミランの「ロミオとジュリエット」といえば、マーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフが一番先に思いつきます。特にマーゴ・フォンテインは引退間近といわれていましたが、ジュリエットのおかげでダンサーとして息を吹き返したとも言われています。リン・シーモアはこのことが影響し、ベルリンに行ってしまうのでした・・・。

しかし、初演時の大喝采は相当なもので、43回のカーテンコールがあったと記録されています。これだけ受け入れられたのはマーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフが踊ったという部分がかなり大きいと思います。経営陣の意向が正しかったのか、マクミランの意向を通すべきだったのか、本当に難しい部分です。僕は、こういう話すごく人間味があって好きです。

マクミラン版までの流れ

バレエ版「ロミオとジュリエット」の歴史

1935年:プロコフィエフが作曲

1938年:ブルノ国立バレエ団(ヴァンヤ・プソタ振付)
1940年:キーロフ・バレエ(レオニード・ラヴロフスキー振付)
1955年:パリ・オペラ座バレエ団(セルジュ・リファール振付)
1958年:ミラノ・スカラ座バレエ団(ジョン・クランコ振付)
1962年:シュツットガルト・バレエ団(ジョン・クランコ振付改訂版)
1965年:英国ロイヤル・バレエ団(ケネス・マクミラン振付)
1966年:二十世紀バレエ団(モーリス・ベジャール振付)
1971年:フランクフルト・バレエ団(ジョン・ノイマイヤー振付)
1977年:ロンドン・フェスティバル・バレエ団(ルドルフ・ヌレエフ振付)
1979年:ボリショイ・バレエ団(ユーリー・グルゴローヴィチ振付)
1980年:ミラノ・スカラ座バレエ団(ルドルフ・ヌレエフ振付改訂版)
1984年:パリ・オペラ座バレエ団(ルドルフ・ヌレエフ振付改訂版)
1990年:リヨン・オペラ座バレエ団(アンジュラン・プレルジョカージュ振付)
1998年:モンテカルロ・バレエ団(ジャン=クリストフ・マイヨー振付)

マクミラン版はラブロフスキー版とクランコ版にかなり影響を受けています。

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特にパントマイムに特徴があります。

バレエでは感情を表現するためにパントマイムが使われます。パントマイムの動きをジョン・クランコが不自然に感じます。ジョン・クランコ版の「ロミオとジュリエット」は、できるだけパントマイムを使わずに「踊りだけで感情を表現すること」に力が注がれています。

マクミランはこの影響をかなり受けていて、マクミラン版の「ロミオとジュリエット」ではパントマイムが排除されています。

マクミランへの影響

マクミランは、振付師だけでなくルネッサンス時代に大きく影響を受けています。とくにクワトロチェントとよばれるルネッサンス初期の1400年代です。

クワトロチェント

イタリア語で「400(の)」という意味で、ダ・ヴィンチ登場の前の時代にあたります。この時代の絵画や建物をもとに、舞台セットや衣装がつくられています。

そしてフランコ・ゼフィレッリによる1960年に発表された舞台版「ロミオとジュリエット」に大きな影響を受けています。フランコ・ゼフィレッリは1968年に公開された映画「ロミオとジュリエット」が有名です。

「ロミオとジュリエット」は映画史に残る名作で、オリヴィア・ハッセーが印象的な作品です。1968年度アカデミー賞では、4部門でノミネート。撮影賞と衣装デザイン賞を獲得しています。この映画からさかのぼること8年前。1960年、イギリスにあるオールド・ヴィック・シアターで舞台版の「ロミオとジュリエット」を発表しています。

マクミランはこのフランコ・ゼフィレッリ版の「ロミオとジュリエット」にかなり影響を受けています。そのため、予習として、映画版を観るのもオススメです。

また、マクミランは舞台美術でロミオとジュリエットのキャラクターが表現できるようかなり気をつかっています。それぞれの家にテーマカラーがあり、キャピュレット家は赤、モンタギュー家は緑です。

マクミラン版より以前、ジュリエットの人物像は大切に育てられたがゆえに世間を知らないお嬢さまという描かれ方をしていました。マクミラン版では情熱的な女性としてジュリエットが描かれています。一方のロミオはロマンティックな面が強調されています。

余談 北川悦吏子さんに影響

2019年1月18日に放送された「アナザースカイ」。脚本家の北川悦吏子さんの回でした(いつ消えるかわからない動画のリンクです)。この北川悦吏子さんが大きな影響を受けたと語るのがフランコ・ゼフィレッリです。

フランコ・ゼフィレッリの影響がマクミランの「ロミオとジュリエット」に影響を与え、日本のドラマにも影響を与えているなんてとても素敵です。

このアナザースカイすごく大好きで何回も見てしまいます。フランコ・ゼフィレッリ監督から北川悦吏子さんへの手紙はこちら。

プロコフィエフの音楽

 「ロミオとジュリエット」はセルゲイ・プロコフィエフの音楽からすべてが始まります。ロシアの劇作家のピオトロフスキーとセルゲイ・ラドルフによる脚本をもとにプロコフィエフが作曲しました。これはレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)で上演する予定で作曲されました。

ソヴィエト当局からハッピーエンドになるよう指示を与えられていたため、シェイクスピアの原作どおりの悲劇ではありませんでした。「ロミオとジュリエット」は死で終わる物語にしてはならず、ふたりは死ぬことなく新しい人生をスタートするという希望的なものである必要がありました。

これは「白鳥の湖」でも同じ変更がなされました。「白鳥の湖」は本来バッドエンドだったのですが、最後に王子とオデット姫が結ばれ幸せになる、という内容に書き換えたバージョンがロシアから発信され、世界中に広がりました。

ハッピーエンドになった、もうひとつの説

最後のシーンで、ロミオは仮死状態のジュリエットと踊らなければいけないのですが、それが難しかったという説。

とはいえ、劇場の上層部は「ロミオとジュリエット」がハッピーエンドであることに疑問をもち、無期限の上演禁止となります。

ですが、プロコフィエフのバレエ曲は残ります。そして、1936年にプロコフィエフはバレエ組曲としてバレエ無しでこの曲を発表します。

このときには悲劇のエンディングを想定して曲が発表されています。この曲が世界中に広まり、様々なバージョンの「ロミオとジュリエット」が制作されています。1965年に発表されたマクミラン版で一度制作が落ち着きます。というのも、このマクミラン版の完成度が高く、これ以上の「ロミオとジュリエット」が考えられなくなったからだと思います。

プロコフィエフの音楽は、どことなく暗い旋律でありながら、美しい。一度聞いたら耳に残る旋律です。

ロミオ、ジュリエット、そしてロミオとジュリエット、マキューシオ、ティボルトなどなど、それぞれにテーマとなる旋律があり、音楽を聞くと誰が踊っているのかわかります。

そしてバルコニーシーン。ふたりの心情に合わせ曲がどんどん盛り上がっていきます。この曲を聞くだけで価値のある音楽です。


Prokofiev Romeo and Juliet balcony scene (Macmillan)

マクミランもミューズのひとりであるアレッサンドラ・フェリによるジュリエットの映像です。ロミオはABTが活躍したスペインのアンヘル・コレーラ。はまり役のおふたり。

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僕はプロコフィエフの音楽が大好きなので「ロミオとジュリエット」がさらに好きなのかもしれません。

ロミオとジュリエットをバレエで観たい大きな理由はこの音楽にあると思います。

今回はマクミラン版のうら側をお伝えしました。

ありがとうございました!