僕はアメリカへの留学準備に1年半ほどかけました。そのうちの大半の時間を、英語(TOEFL)に使っていました。

希望した大学に入学が決まった時はギリギリで、家がなかなか決まりませんでした。

kazu

今回は「家を決めずに留学に行ったら、悲惨な目にあってしまった」という話です…。

※3分ほどで読み終わる記事です。アメリカと日本の年齢に関する感覚の違いがわかります。

記事を書いているのは…

僕はTOEFL80点を引っさげてピッツバーグのダンス学部に入学。日本人が全然いない大学でなかなか苦労しました。クラスメイト、先生、他の学部の友達がめちゃめちゃいい人で、かなり助けてもらいました。日本人ということで興味をたくさん持ってもらいました。先人の日本人に感謝。

アメリカ留学最初の出会い。英語で交渉、住む家は決めてから行くべし

大学の寮に空きはあったけど…

僕が通っていた大学は、校舎のとなりに寮がありました。ただ、僕は留学を決めたのがギリギリで、部屋の空きがとても少なくなっていました。寮には1人部屋もあったのですが、定員に達していて入ることができませんでした…。

空いていたのは3人部屋のみ。格安でしたが1部屋を3人で使わなければいけません。

僕は25歳で留学し、仕事もすでにいろいろやっていたので「19歳のクラスメイトと一緒に部屋を使う」ということが想像できませんでした。

僕は3人部屋に入るか…、自分で住む場所を探すか…。2択を迫られました。

自分で探してみることに

kazu

3人で同じ部屋、というのはキツイ!!

このことに気づき、自分で探す決意をしました。

「どうにかなるだろう~」と、ほぼ何も決めずに留学に飛び立ってしまったのです!!

安ホテル住まいスタート

部屋を決めるというミッションが加わったことで、大学が始まる2週間前にピッツバーグに向かいました。

大きな荷物を抱えて、まずはホテル住まいです。でも自分ひとりではどうしていいかわからないので、とりあえず大学に行きました。

僕の大学は、留学生を支援してくれる部署があったので、まずはそちらに行ってみることに。

この時大学周辺をウロウロしていたのですが、人の気配がまったくありません…。夏休み期間中は、みんな帰省していて、「がらーん」としていました。

とはいえ、とりあえず留学センターにはスタッフの方がいて一通り挨拶をすませ、家の相談をすることに。

kazu

すると「WHAT???」という反応が…。

とにかく驚いていました。

「すぐにでも住む場所を見つけないと!!」と言われ、ここから家探しが始まります。

ダンス学部へ

「地元に詳しい人に家探しを手伝ってもらおう」という話になり、ダンス学部の人に家探しを手伝ってもらうことになりました。

ということで、ダンス学部の事務所へ。すると、たまたま僕の担当だ、という女性の方がいて相談することに。ちょうど、ダンス学部の生徒らしき男性と面談しているところに案内されました。

僕のことを優先してくれて、先輩もいる中、話はスタート。自己紹介をすませ、家を探している旨を相談しました。すると、担当の方だけでなく、たまたま一緒に話を聞いていたダンス学部の先輩も協力してくれることになりました。

そこで言われたのが「時期が悪いかも…」という話。というのも、大学が始まる直前にみんな帰ってくるので、ルームメイトの募集は今はあまりなさそう…、という話でした。

僕は一人暮らしするほどの余裕はなかったので、ルームシェアをしなければいけない、と思っていました。

物件の条件

・リビングは共同で自分の部屋がある
・学校から近い

(ちなみにこの先輩は、僕にとってかなりのキーパーソンとして他の記事でも登場する予定です。)

ピッツバーグは郊外が栄えている街

そして、ピッツバーグという街の特徴が僕を追い詰めます。

ピッツバーグは都会だと思っていました。ですが、いざ行ってみるとあまりに閑散としていてびっくりしました。かつては鉄鋼業で栄えた街ですが、その面影はほとんどありません。

ピッツバーグには、ピッツバーグ大学とカーネギーメロン大学というビッグな大学が2つあります。特にカーネギーメロン大学は優秀なことで有名です。ちなみに日本人では「すみれさん」が演劇学科(合格率3%!!)に在学していました。

この2つの大きな大学がピッツバーグ郊外にあります。大学街ということで、大学が始まらないと街が全然動き出しません。そのため家探しがさらに難航することになりました。

そして、僕が通っていた大学は街の中心部にありました。2つの大学に比べると規模はとても小さい大学でした。

ピッツバーグは中心街よりも大学があつまる郊外の方が圧倒的に栄えているという不思議な街でした。中心街ではレストラン、ドラッグストアなどは日曜日は休業していたり、やっていても昼の3時までしかやっていませんでした。

物件が見つからない…

なんとか郊外に住む場所は見つかったのですが、中心街では見つけることが出来ませんでした…。

もらう情報は郊外の物件ばかり…。郊外に住めばいいだけなのですが、もうひとつ事情がありました。それは平日の週5日、朝8時からバレエのレッスン。朝8時のレッスンに間に合うようにしなければいけないので、大学の近くに住む必要があったのです…。

ふつう、みんな自分の住む場所を見つけてから入学するので、こうした経験が大学にもないようでした。学校の職員の方からは「いざとなったら3人部屋になってしまうけど寮に入りなさい」という提案がありました。

物件を探してから1週間…。ホテル代もかさみます。安いホテルでしたが、1日5,000円。どんどんお金が飛んでいってしまいます。

ついに住む場所見つかる!!

物件を探し始めてから1週間、留学センターの方から連絡がありました。

「実は近い場所に寮に似た施設があった!!」というのです。灯台もと暗し!!

ビル全体が寮になっていて、学生が中心に住んでいる、とのことでした。

留学センターの方が車を出してくれて一緒に物件を見に行きました。こういう時にサポートしてくれる方がいるのが本当にありがたかったです。

そこは、リビングが共同で、個室が3部屋ついていました。そのほかに、テレビなどがある大きめな共同スペース、ランドリールームがあって、階ごとにシャワーブースがついている場所でした。

料金も手頃で、大学からも徒歩2分ほどでした。建物に窓が少ない、ということと事務所みたいな雰囲気ということがマイナス面でしたが、条件がよかったので即決しました!!

家は決めてから行きましょう!!

こうしていろいろな方の助けを得て、物件を見つけることが出来ました。

家が決まらない1週間はかなり追い詰められていましたが、今思うといい経験だと思います。

kazu

なんとかなるものだ!という気持ちを得ることが出来ました。

ただ「決まらないかも…」という状況は寿命が縮みました。そして、余計なお金もかかってしまいました。

でも留学センターの方、学部の方、先輩、いろんな方が助けてくれて「いい場所に来たな~」とじーんときたのを今でも思いまだします。本当にありがとうございました。

そして!!!
大学に併設されている寮によく遊びにいっていましたが、やっぱり寮は無理だったな…、と思います。僕にとって寮に入らないことは、正解でした!!

僕が留学に行った当時はネットでの情報収集が少し大変でした。今はきっとネットでいろんな情報が手に入ると思います。ネットを駆使すれば物件も見つかると思います。そのため物件を見つけてから行くのがオススメです。

物件探しに向けた英語力をゲットする!

kazu

今回は「アメリカでの家探し」について考えてみました。
どうもありがとうございました!!